リハビリの為の記事
久しぶりにブログに記事を書く。
気持ち的には、サイレント映画にこだわり取り続けたチャップリンが、
初のトーキー映画「独裁者」での演説シーンに挑むような感じかもしれない。
大袈裟かもしれないけれど、それぐらい緊張している。
2004年のブログブームに乗っかって「何か」を書き 見知らぬ誰かに届くことが無邪気に楽しかった。
愚直なりに「服」に向きあうことで得ることができた「何か」で、マシンガンのように乱射し当たり構わずなぎ倒した。
「怒り」「ネガティブ」という感情の後押しがあったのも事実だ。そのような「燃料」に頼らずに文章をかけたら良かったのだけれど、
僕の手持ちのカードには、「怒り」と「ネガティブ」しかなかった。残念ながら。
でもふと気づいたら、カートリッジの弾はからっぽになっていた。
服が判らなくなったし、かってあれほどの「熱量」も冷めてしまった。
僕は、文字通り「迷子」になった。
「服」のことを考えられず、服から遠ざかった。
「服」以外のことを楽しんだ。
「音楽」だったり、「本」、「酒」「会話」「食事」
ようするに、「服」だけが抜け落ちていた。
文章は、ちまちまと書いていた facebook上に。
それはそれで、楽しかった。実名での繋がりだからこそ、僕というひとなりを理解してもらえる内容だった。
服にまつわる「雑誌」「他店のブログ」もかって、あれほど熱心に読んでいたのにまったく読まなくなった。
そして このような言い方は申し訳ないのだけれど、いつのまにか 心に響かなくなった。
初期の多くのブログが洗練されていった。かって存在した荒削りな気持ちは見かけられなくなった。
人はそれを「成長」と呼ぶだろう。ただ 僕からすると「牙」を抜かれた動物を連想させた。
でも、「それのどこがいけないの?」と尋ねられたら僕は答えに困るだろう。
洋服屋に服の案内・メーカーから提示されたキャプション以外に何を多くの人は求めるだろうと。
でも、そろそろ僕も「現場」に復帰しないといけないと思う。
服の入荷案内だけでなく、服にまつわる「何か」を書けたらいいな。
久しぶりにブログに記事を書く。
気持ち的には、サイレント映画にこだわり取り続けたチャップリンが、
初のトーキー映画「独裁者」での演説シーンに挑むような感じかもしれない。
大袈裟かもしれないけれど、それぐらい緊張している。
2004年のブログブームに乗っかって「何か」を書き 見知らぬ誰かに届くことが無邪気に楽しかった。
愚直なりに「服」に向きあうことで得ることができた「何か」で、マシンガンのように乱射し当たり構わずなぎ倒した。
「怒り」「ネガティブ」という感情の後押しがあったのも事実だ。そのような「燃料」に頼らずに文章をかけたら良かったのだけれど、
僕の手持ちのカードには、「怒り」と「ネガティブ」しかなかった。残念ながら。
でもふと気づいたら、カートリッジの弾はからっぽになっていた。
服が判らなくなったし、かってあれほどの「熱量」も冷めてしまった。
僕は、文字通り「迷子」になった。
「服」のことを考えられず、服から遠ざかった。
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ようするに、「服」だけが抜け落ちていた。
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